ルジャンドルの読書記録

ルジャンドル(Twitter id:nattogohan_suki)の、読書メモを記します。

読書記録:脱構築の実践『結婚式のデモクラシー』

 この雑誌から「結婚式のデモクラシー」という記事を読みました。

  「結婚式のデモクラシー」は、この雑誌の一番最後のページの研究手帖というコーナーに書かれていたものです。ナマで見た先生の著作は読みたくなるものです。ちょっと前にこの記事の筆者の横田祐美子先生の発表をナマで聞いたので、書いたものも読んでみるかということで手に取りました。

 このタイトルはどういう意味なんだろうか、と思って調べてみると横田先生の書いたWeb記事が出てきますので、それも読んで思ったことを書きます。横田先生の結婚式におけるある実践のことを、このように名付けているようです。

 

gendai.ismedia.jp

 この記事を読んで、「脱構築」とはこういうことか、と思いました。

 「脱構築」とは一般的に、二項対立に陥ることなしに古い構造を破壊し、新たな構造を生じさせる戦略などとして広く理解されている術語だが、そこにおいて最も重要な点は「批判対象を前提とし、いったんはその規則や法則に則ることで内側からその構造を改変すること」である。

(中略)

まさに既存のもののなかに侵入し、そこでの規則にいったんは従うふりをしながら、そこにある権力構造を暴き出すことで既存のものに変化を迫るのが「脱構築」の戦略である。(私が「男尊女卑・家父長制」を退けた「結婚式」を挙げた理由 6/7

  記事の内容を簡単に要約すると、「現代の男性優位だったり家父長制にもとづいた価値観に「脱構築」を行うために、手を尽くして結婚式を執り行った」というものです。詳しくは記事を読んでみてください。前回の記事でも触れた、古代アテネでの政治制度が輪番制だったことや抽選制だったことに言及されており、それに基づいた考え方で結婚式をしたということが書かれていました。

 こうした実践が行われて、既存の結婚式の概念が変わることは悪いことではないと思います。実際、結婚式をしようかな♪と思っても高価すぎてやりたくない部分はあるので、そこに脱構築を適用したいなぁという思いはあります。結婚式にかぎらず、そもそもいま身の回りにあるものは洗練されすぎていて、そのせいで費用がかかるので、もう少しいろいろそぎ落としていけないんだろうか、とつねづね思っています。

 以前、動物倫理にかんする記事で、良く調べもせずポストモダンとかデリダのことをあまりよくないと書いたのですが、やっぱりよく調べないのはよくないですね。動物倫理にかんするポストモダンの立場はあまりよくないにしろ、機会を見つけてちゃんと読んでみる必要を感じました。

 

以上です。