ルジャンドルの読書記録

ルジャンドル(Twitter id:nattogohan_suki)の、読書メモを記します。

読書記録:エコーチェンバーの実態『ソーシャルメディア・プリズム』

この本を読みました。

 

この本では実験から、なんとなく真実と思われていることとは反対の結果を提示します。この本で一番重要なのはこれです。

「エコーチェンバーに捕らわれた人は、そのエコーチェンバーのなかで偏った意見を過激にしていくからよくない」は正しくない。

これが示されることで、たとえば「ツイッターフェイスブック、グーグルのアルゴリズムが、偏りを強化するからよくない」とか言えなくなるし、「陰謀論の拡散は現代の脅威だ」とかも、それは的を外しています、で片付いてしまいます。

扱っている内容に深みや広がりがある本というよりは、この一ネタをコンパクトに提示する内容の本です。多くの人がなんとなく信じちゃってることと反対のことを主張するので、いろいろ盛りだくさんにするよりはこんなふうに一ネタに絞ってあるのはいい提示の仕方だと思います。本も、実験方法や原注を除けば大体150ページくらいなのですぐ読めます。

本の最後のほうでは、政治について議論する場としてのオンラインプラットフォームの存在はやはり無視できないので、これこれこういうふうにしてみればいいんじゃないでしょうか、という提言をしています。

 

本のタイトルになっている「ソーシャルメディア・プリズム」というのは、ソーシャルメディアがエコーチェンバーじゃなかったら、じゃあなんなのさ、というのを説明するために、著者が導入した概念です。曰く「(ソーシャルメディアは)社会環境を曲げたり屈折させたりするプリズムであり、自己や対他人の感覚をゆがめている(p.57-58)」。ソーシャルメディアにある情報は、そのアカウントの持ち主のことを映し出す鏡、と思われがちだがそうではなく、そのアカウント主のある部分を増幅させ、またある部分を減弱させ、またある部分は屈折させて映し出すものだ、というたとえです。

この本の内容をかいつまむと、ソーシャルメディアが市民同士の分断を煽るしくみについて、実証的な実験を行ってみました、という感じです。調査対象のソーシャルメディアツイッターです。実験の内容は、SNSでの投稿だけに注目するのではなく、一人一人に入念なアンケート調査と面接調査(インデプスインタビュー)を行い、それとSNSアカウントを紐づけて、振る舞いを観察し傾向を見いだそうとしています。この実験デザインで大切なのは、「人はSNS上のみに生きるにあらず」ということで、SNS上でのふるまいはあくまでその人の一面にすぎず、調査対象者の人となりもきちんと考えあわせましょう、ということです。アメリカの本なので、「民主党派」「共和党派」の2軸で被験者をわけて、いろいろ実験しています。

読んでいて、自分の実感を裏付けるようなことが、実験結果に基づいて言われていました。「なんとなくそうね」とか「なんとなく違うよね」と思っていたことが、いい感じに個人的なエピソードを交えたアメリカの本によくある上手な書きぶりで伝えられるし、ページも少ないので楽しいまんま読み終えられました。備忘のために、以下にメモを残します。

問題意識として重要そうなこと

・「人はSNS上のみに生きるにあらず」

SNSに人がハマるのは、「さまざまなバージョンの自己を呈示しては、他人がどう思うかをうかがい、それに応じてアイデンティティーを手直しするという行動を手助けしてくれるからである」(p.11-12)

実験などから言っていること
  • 「エコーチェンバーに捕らわれた人は、そのエコーチェンバーのなかで偏った意見を過激にしていくからよくない」は正しくない(2,3章)。→エコーチェンバーから出したところで、もともと持っていた意見を強めるだけ
  • ネットの過激投稿者の主目的は「自分の側の人からステータスを得ること」と「他人を怒らせること」のほかに「カオスへの欲求――システム全体が機能しなくなるところを見たいという願望」もある(p.64-65)。
  • オンラインでの政治的主張では、民主党共和党どちらの極の過激派も、国民全体から見れば少数であり、黙っている穏健派が圧倒的多数を占める(p.90)。
  • ツイッターフェイスブック、グーグルのアルゴリズムが、偏りを強化するからよくない」を支持する証拠は驚くほど少ない(p.102)。
  • フェイクニュースやターゲティング広告が、投票行動や消費行動に影響を及ぼしている証拠はほとんどない(p.105)。
  • 「対立党派の人の心に最も響くツイートをしていたのは、自分の側を頻繁に批判していたオピニオンリーダーだったのだ(p.123)」→人に話を聞いてもらうには、まず自分の至らない点について言及するのが大切ということ
提言

本の最後にはこんな提言が。「政治の議論の場はますます縮小していて、オンラインでの議論の場をなくすという事は現実的ではない。匿名の議論ツールみたいなものをつくってはどうか」。細かいところは割愛していますが、簡単に思いつくような批判や反論には本の中に答えがあると思います。

あと、この本の中で一番重要なアドバイスは次の部分だと思いました。

読者のなかには、ソーシャルメディアで対立党派の人と日常的にやり合っている非常に熱心な支持者の方もおられよう。不安定な今の時代において、そうした熱意は不平等や偽善に光を当てたり、アンフェアな政策に対して行動を起こすよう他人を動機づけたりと、非常に肯定的な進展につながりうる。だが、吟味を受けない党派心は破壊的でもある。闘いに加わる前に、自分の動機は実のところ何なのかを自問しよう。喜んでその身を捧げたいと思える問題だからなのか? あるいは、政敵を見事やり込めて得られる社会的ステータスが欲しいだけなのか? ソーシャルメディアでのステータスが欲しいだけなら、ひと呼吸おいて、自分 のメッセージに「いいね」する人やメッセージをリツイートする人について調べてみよう。どのような人か? あなたが評価する意見の持ち主か、それともステータスを求めてフォロワーをもう少し増やそうとしているだけの過激主義者か? もうひとつ、自分の行動が相手方の人に及ぼす影響を考えよう。自分に関心を寄せるフォロワーをもう何人か増やすことに、相手方の人を動転させる価値はあるか? 自分は本気で相手方を抑えこみにかかっているのか、それとも自分の行動は自党派に対するステレオタイプをいっそう強めるだけか? また、ソーシャルメディアで自分の側の誰かに説教を垂れるくらいなら、そのエネルギーを相手方の誰かを説得する試みに注ぐというてもあるのでは?(p.117-118)

大切なのは「自分の動機は実のところ何なのかを自問しよう」のところ。変なことをする人の多くは、自分が何をしたいのかわかっていないだけの可能性が高いので、そこをはっきりさせましょうね、ということです。「問題が明晰になれば、その9割は解決する」とは僕の座右の銘ですが、それがまさにここに書いてあります。別にソーシャルメディアに限ったことではないですが。

 

まとめてみると結構退屈に見えるのですが、実際読むと、面接調査をいろいろやっているだけあって、被験者の具体的行動の記述がおもしろいですよ。