ルジャンドルの読書記録

ルジャンドル(Twitter id:nattogohan_suki)の、読書メモを記します。

読書記録:抽象的な倫理学~権利とか責任とか 『現代思想 2019年9月号 倫理学の論点23』②

今回もこの雑誌を紹介します。

 

現代思想 2019年9月号 特集=倫理学の論点23

現代思想 2019年9月号 特集=倫理学の論点23

 

 

 

「占いという「アジール」(石井ゆかり)」

 占い師の立場から、占いの道徳的問題と占いの持つ効用をまとめたエッセイで、読んでいてとても気持ちのいい記事でした。占いには合理的根拠はなく、それは道徳的とはいえない、としながらも、占いの効用をつぎのように語ります。

占いは、私たちをいったん、「自己責任」の考え方から引き離してくれる。「だれのせいか」「誰が悪かったのか」「自分の行動によって未来が決まるのか」という激しいプレッシャーから、いったんアタマを解放してくれるのだ。「だれのせいでもない、そういうことになっている」というふうに。(中略)占いを通して、私たちは道徳と倫理の「外側」に出て、そこで、自分と人生をもういちど、うけとりなおそうと試みるのだ。(p.84) 

 肩が凝ることばかりのこの世界で、合理性を超えて寄りかかれるものも必要だろう、と思うことが最近増えました。こうして占いという営みを説明してもらえたことは、今後に活きるような気がします。

 

無人殺戮マシンについて「人工物が人間を殺傷することを決定し実行することは、道徳的に許容されるのか(眞島俊造)」

 無人で敵を殺傷できる兵器について、国連事務総長アントニオ・グデーレスの「人間の関与なしに生命を奪う力と決定権と裁量を有した自律的機械は、政治的に受け入れることができず、道徳的に嫌悪感を引き起こすもので、国際法で禁止されるべきである」という発言を契機に、筆者は本論を展開しています。

 論文の中では、兵器の特性と実際の状況をシミュレーションしながら、必ずしも道徳に反するものではない、ということがおもな主張ですが、次の論点がとくに重要だと思いました。

LAWS(注:自律型致死兵器システム autonomous lethal weapons systems)の使用によって任務が達成でき、また自陣営の兵士の生命を危険に晒す必要がないにもかかわらず、あえてLAWSを使用せず自陣営の兵士の生命を危険に晒すような国家や軍隊や軍事組織があるだろうか。(p.70) 

  機械が人間を攻撃するシーンだけを想像すれば冒頭の国連事務総長のような考えにもなりますが、この引用部分を考慮すると、無人で敵を殺傷できる兵器は逆に道徳的に思えます。そもそも人間同士で傷つけあう戦争自体が道徳的でないと言ってしまえばそこまでですが。

 

将来世代への責任 「将来を適切に切り分けること エーデルマンの再生産的未来主義批判を念頭に(吉良貴之)」

 先日の、グレタ・トゥーンベリさんの演説で「将来世代への責任」を意識した人は多いのではないでしょうか。この論文では、「将来世代への責任」とはなんなのかを、先行研究を紹介しながら説明しています。

 将来世代への責任を考える際のキーワードは、つぎの三つです。

  • 将来世代問題を各主体間の分配問題とするか、普遍的義務ととらえるか
  • 将来世代の権利および将来世代が生まれてくる権利
  • (現在世代の)再生産の義務

 いろいろと込み入るのですが、「再生産の義務」論について思うところがあったので、それのフォーカスします。

 「再生産の義務」とは、私たち現在世代は生殖と子育てをする必要がある、ということです。これを考えるとき、ジェンダーセクシュアリティの問題を避けて通ることはできません。もしそれを無視してしまうと、生殖に関与できない立場の人は疎外されてしまうからです。

筆者はクィア時間論という立場を紹介しています。この立場では、

大部分の社会におけるそれ(注:時間に対する認識)は再生産(生殖と育児)にとって最も効率的な形で未来志向的に最適化されている(p.140)

という点を批判しています。過激なまとめ方をすると、「将来世代の存続を重視する必要はない」という意見です。筆者は、このことは必ずしも破壊的な帰結をともなうものではないと言い、次のように述べています。

世代間問題について未来を見すぎることなく、共時的な問題とのバランスを取りながら、いわばゼロベースからの思考の積み上げを可能にするものである。(p.144) 

 ほうぼうすべてまるっと解決!と誰かが思っている問題は、何かを無視しているというのは世の常です。最近はマイノリティであるがゆえに弱い立場を強いられている人のことに、僕の意識は強く向いています。90人の不満をゼロにするために10人が10ずつ我慢するのではなく、100人が1ずつ我慢するような仕組みの構築を考えたいですよね。勝ち逃げできればいい、じゃなくて。

 

疲れてしまったので、このあたりで終わりにします。

ほかにも、

「企業それ自体の責任を問うことの困難さ(杉本俊介)」

「動物の倫理的扱いと動物理解(久保田さゆり)」

「トランス排除をめぐる論争のむずかしさ(筒井晴香)」

「外見が「能力」となる社会(西倉実季)」

「親をかばう子どもたち(小西真理子)」

など興味を引く論文がいっぱいありました。現代社会で論争が起こっていることの核心はなんなのかがわかる記事ばかりでした。