ルジャンドルの読書記録

ルジャンドル(Twitter id:nattogohan_suki)の、読書メモを記します。

読書記録:死に方を決めること 『安楽死を遂げた日本人』

今回はこの本を紹介します。

安楽死を遂げた日本人

安楽死を遂げた日本人

 

 先日読んだ現代思想2019年9月号倫理学の論点23)に、安楽死についてのNHKドキュメンタリーの表現を問うエッセイが載っていました(過去記事)。この本はドキュメンタリーに紹介されていたのと、考えたいテーマだったので読んでみました。本を読んだあと、番組も見ました(NHKドキュメンタリー - NHKスペシャル選「彼女は安楽死を選んだ」)。

 日本人が積極的安楽死を望む場合、安楽死が合法とされていて、かつ外国人を受け入れているスイスの民間団体で安楽死の処置をしてもらうしか、方法がありません。

 当然のことではありますが、安楽死を望む人やその人がおかれている状況はさまざまです。この話題に触れて強く感じたのは、延命治療や死にかかわることがらを、一律に抽象化したり制度化することはきわめてむずかしいということです。たとえば、現在日本では安楽死は認められていませんが、筆者は法制化につぎのような懸念を抱いています。

安楽死を希望するのは、小島(注:安楽死を遂げた方)のような確固たる死生観を持つ人間ばかりではない。一時の気の迷いで安楽死が叶えられてしまえば、取り返しのつかないことになる。

 患者だけの問題ではない。法制化するということは、安楽死行為に及んだ医師が免責されるということだ。医師がどのような思想を持つかで、患者の運命が変わってくる可能性もある。(Kindle版、位置No.2688)

 医師がマッドで患者を殺したがる人だったらそれはもちろん問題ですが、このほかにも死に至らしめる医師の精神的負担にも配慮しなくてはなりません。

 この本は、安楽死を望む人や医療者に取材し、安楽死をとりまくさまざまな立場や考え方を克明に伝えます。多様な価値観をみて、自分は安楽死をどのようにとらえるべきか、いまだに明確な立場を築けていません。

日本人がスイスで安楽死するということ

日本人がスイスで安楽死を行うために必要なのは

  1. 安楽死実行までスイスに行ける体力を保つこと(順番待ちがあり、団体への登録から実行まで半年ほどかかる場合がある)
  2. 安楽死団体が求める事務手続きを遂行し、審査を通過すること
  3. 渡航費用、安楽死実行にかかる費用を用意できること
  4. 安楽死を迷いなく実行するという強い意志

 ここに挙がっている条件をクリアするのは、安楽死を望む難病患者にとって簡単なことではありません。

 体力を保てるかどうかは本人には制御できないので、「なるべく早く、元気なうちに」という焦りをもたらします。また、事務手続きも当然英語やドイツ語など、スイス人とやりとりできる言語で行わなければなりません。診断書や安楽死希望理由の翻訳では負担がかかるし、時間切れも意識すると心理的負担はきわめて大きいでしょう。

 難病患者の時間に対する焦りは、本書を通して強く意識させられました。

 本書で安楽死を遂げる小島さんは、多くのハードルを越えてスイスに渡ります。そこで、安楽死を行う医師に「あなたはまだ早いんじゃないのか」と言葉をかけられます。小島さんは、日本で安楽死が可能なら今はまだちょっと早いと思う、と言いつつ次のような感想をもちます。

「時すでに遅しが一番怖いんです」(Kindle版、位置No.2352)

 現実問題として、安楽死を望むようになる段階では海外に渡ることそのものがハードルになります。自国での安楽死が認められている人とは状況が違います。安楽死を望む人から発されるこの言葉は、非常に重いものだと思いました。

  死ぬ権利・残される人との関係

 安楽死を望む人や、法制化されている国では、「死のタイミングを自分で決めるということは人権のひとつである」という考えが強いです。筆者は、そのこと自体には反対していませんが、安楽死する人と残される人との関係も十分に考慮するべきだ、というメッセージを強く発していました。

病を得たのは患者だが、「死」とは患者だけが直面する問題かといえば、違うからだ。(Kindle版、位置No.3967) 

死に方を決めること

 たとえばいま僕が、自分の死に方についてとりあえず解を出したとしても、おそらくもっと年老いて死が現実に迫るようになったときにはまた違う考えに至ると思います。この本の中には、死について再確認できたことや、自分の想像が及んでいなかったことが多く書いてありました。

 この本を読んで、それまでもっていたとりあえずの解はアップデートされました。今後も多くの体験をとおして、より解像度の高い解を求めていきたいという思いをあらたにしました。