ルジャンドルの読書記録

ルジャンドル(Twitter id:nattogohan_suki)の、読書メモを記します。

読書記録:「仕事」ってなんだと思う?『働くことの哲学』

今回はこの本を紹介します。

 

働くことの哲学

働くことの哲学

 

  

私が本書でめざしているのは、読者がこれまで見のがしてきたことがらにもう少しきちんと眼を向け、これまで考えずにすごしてきた若干のことがらについてもう少しきちんと考えるようになる、そのきっかけとなることだ。(p. 28,序)

 「あなたにとって「仕事」とは?」という質問に答えたことはありますか?「きわめて身近なもの」、「憎むべきもの」、「生活するための手段」など人によって、状況によっていろいろな答えが出るでしょう。そんな観念的な話を超えて、もう少ししっかりと仕事を定義してみたいと思うと、どういう答えが考えられるでしょうか。賃金が発生すれば仕事?義務が発生すれば仕事?いやな気持になるものが仕事?楽しく従事できるものが仕事?意外と、一口では説明できないのではないでしょうか。筆者は次のように言っています。

「労働とはなにか」という問いに簡潔な答えなどあろうはずもない。(p. 26,序)

 この本では、「仕事」はどのような性質をもっているのかが、全編通して興味深いエピソードを織り交ぜながら論じてあります。いろいろな観点から眺めた「仕事」なるものを、「もう少しきちんと」考える手助けになる心強い本でした。この記事では、本書のなかでとくに目を引いた箇所を引用しつつ、感想を記します。

レジャーが仕事になっている

 現代人はとにかく忙しく、自分にもその実感があります。 本書の次の箇所は、自分のための時間がいつの間にか、自分や外部からの要請で行われるようになり、余暇の時間さえも窮屈に感じられるようになった現代人の様子を指摘しています。

ときとしてヴァケーションはある種の仕事に、自分のために自分で支払わねばならない類いの仕事に変貌することがある。一分たりとて無駄にできないようなときやこの美術館や記念碑を鑑賞「しなければならない」ようなときが、それに当たる。(p. 126,第4章 仕事とレジャー)

 こういったことから、レジャーのほうが仕事より大変になってるんじゃないだろうか、と筆者は言います。自分のことを振り返ってみても、旅行をするとなると日程と行き先を設計して紙に書き出し、当日はなるべくその計画に沿うように行動します。でも、せっかくの休みなのに何でこんなことしなきゃなんないんだろうと思うときもあります。かといってツアー旅行に参加すると、場所や日程が決まってるのはいいけれど、次のバスの出発は何時だとかで本質的には自分で計画するのとおんなじです。しかも、そもそも旅行する動機も、せっかくGWだからとか、せっかく夏休みだからとか、結構外的な要因で決めさせられている感があるので、ぞっとしない話だなと思います。この話で、昔ツイッターでこんなツイートがバズっていたのを思い出しました。

仕事も「消費」されている

 また、つぎの記述も大変示唆に富むものでした。

飽食の社会とは消費社会のことだ。(中略)消費社会では、私たちの社会的地位は、なにを生産できるかにではなく、なにを消費できるかという能力に左右される。(p. 183,第7章 飽食の時代の仕事)

仕事にも同じ態度をとるようになる。新品の靴やテレビを買ったとしても、それほど遠くない将来にそれらを買いかえるのは眼に見えている。 新しい仕事に就いたとしても、それほど遠くない将来にそれを辞めるか、別の仕事に転職するかするだろうことも眼に見えている。(p. 189,同上)

 ここしばらく、モノが売れずに経済界が冷えこんでいるけれども、体験を提供するような施設は割合潤っている、という分析を以前見かけました。物質的にゆたかになっているいま、一揃いモノをそろえてしまったら、続く消費の矛先が体験に向かっているんだろう、と思われます。モノの品質に関しても、特別高いものを買わなくても十分な機能性のものがあふれています。ここで引き合いに出されている転職も、ある種仕事という体験を消費しているんじゃないか、とも感じました。とくに、転職支援サービスはそういう体験を売ってるんじゃないか、というくらい転職希望者に対するサービスが多様な感じがします。

 この構図を、マルクス資本論の「資本家は労働者から搾取する」というところと対比させてみると「労働者は雇用を消費する」というのはなんだか似ているような気がしました。だから何か言えるというわけではないのですが…。

 「仕事」と向き合うのに重要なこと

 筆者は本書の最後を、次のようなことばで締めくくっています。

仕事とは、あるひとにとっては災いのもとであり、別のひとにとっては祝福をもたらすものであり、大半のひとにとってはこのいずれでもある。仕事は、きわめて短いあいだにとてつもない変容を遂げた。仕事が人生のなかでどれほどの重みをもつものであるのかを見積もる作業を、けっして怠ってはならない。(p. 239,第10章 仕事と人生)

 この本の著者のラース・スヴェンセンは、仕事は個々人のアイデンティティの形成に不可欠なものだと考えており、本書を貫くその考え方は要所要所に顔をのぞかせています。とはいえ、その人のアイデンティティを仕事が占める割合は各人各様で、その割合についてよく考えてみよう、というのがこの引用部の意図でしょう。

 およそ200ページほどの本ですが、「仕事」のいろいろな側面が描き出されており、その記述それぞれが大変示唆に富むものです。そしてなにより平易に書かれているのもとても良い。全文を引用したいくらいすばらしい本でした。とくに、現在休職中かつ転職を考えている僕にとってはこの上ない羅針盤になりました。

 ここで紹介しませんでしたが、仕事の意味や割りふりにかんするアダム・スミス(神の見えざる手の人)やマルクスの主張を踏まえての分析には引き込まれるし、世に溢れるマネージメントにかんするビジネス書に対する筆者の態度は実に誠実なものに思えました。

 仕事をしたことがある人はもちろん、これから仕事に就かんとする学生の人がこれを読んでおくと、大変有意義な体験になると思います。