ルジャンドルの読書記録

ルジャンドル(Twitter id:nattogohan_suki)の、読書メモを記します。

読書記録:他人を映す鏡は 『ダックスフントのワープ』

今回はこの本を紹介します。

 

ダックスフントのワープ (文春文庫)

ダックスフントのワープ (文春文庫)

 

 

そのダックスフントは、スケートボードに乗っかってたんだよ。ダックスフントのスタイルは知ってるね。とても足が短い。だからスケートボードは理想的な乗りものだった。彼は発見したんだ。体型にとてもあってる。スケートボードに乗ったダックスフント。頭の中で絵になった?」
「なった」
「オーケイ。...」

10歳の聡明な少女マリと、心理学を学ぶ大学生である「僕」の会話から、この物語は始まります。
「僕」は思いつくままに「ダックスフントのお話」をマリにして聞かせます。マリはそのお話に質問を投げかけます。そしてそれが続いていきます。これが、「僕」の家庭教師としての仕事でした。

よく磨いた鏡くらいには

 「僕」は、作中自らについて「よく磨いた鏡くらいには率直にあろうと努めている」という旨の発言をします。実際に、彼は時には過剰なほど客観的で論理的に発言、行動します。そしてそのことを、揶揄されることもあります。「異様に冷酷な客観性」と。

悲劇的な性格

 さて、少女マリは「僕」の話すダックスフントの寓話に夢中で、たくさんのことを考えます。マリは、小学5年生にしてはかなり難しい語彙を使いこな(そうと)しています。大人でいようという意志を感じさせます。そして「僕」はその気持ちを汲んでか、小学生にとっては難しい言葉を使って対話をします。とはいえフォローはかかさず、わからなそうな言葉には補足をします。マリはときにその補足を、「そんなのわかるわ」といわんばかりに嫌がります。でもマリは、「僕」への強い信頼を持っています。二人はそんな関係です。
 ある対話の最中、「僕」が「悲劇的な性格」という言葉を口にします。マリはその言葉を気に入ります。

「メモしたわ。わたし、この言葉、好きよ」

「僕」

マリにかんして、成果をあげる課題はなにもない。

 作中、「僕」は上述のように言います。しかし、「僕」は家庭教師として、マリに何かを教えようとしていた。少なくとも私はそう感じました。
 マリは、いわゆる「複雑な家庭環境」に置かれた少女でした。簡単に言えば、親の離婚、再婚を経て現れた二十歳の継母となじめない、というような。そのための反抗心の表れの一つとして、マリは継母を「新しいママ」と呼びます。そのほかにも、継母のことをないがしろにするような態度をとっています。
 「僕」は常に平静を保ちながらも、明らかにマリに対する警句のようなものを、「ダックスフントのお話」に含ませてはマリに聞かせます。「異様に冷酷な客観性」とは裏腹に。

他人を映す鏡

 「僕」がマリに対してとった方法は(彼はマリ以外の人に対してもそうなのかもしれません)、「ダックスフントのお話」を通してマリ自身に、自身の姿を見せて考えさせる、というものでした。そしてその結果として、マリは変わっていきます。明らかに。
 「僕」のお話は、他人を映す鏡としての役割を果たしますが、その運用は明らかに客観的で論理的、見る人が見れば冷酷です。でも、論理的な話を進める時には「スタート地点」と「目指すゴール」が必要なのは多くの人が認めるところだと思います。この小説の場合、「なぜ鏡を見せようとしたのか」、「鏡を見せてどうしたかったのか」となります。私は、「僕」が設定したその2点は、月並みですがとても温かみのあるものだった、と思いました。

論理的な話

 論理的に話をするのは、そう難しくありません。全体的な矛盾がないように一つ一つ丁寧に進めばいいだけです。でも、「スタート地点」「目指すゴール」の設定は難しいです。ここに心がこもるのです。

僕は受話器をふさいで、大きなため息をついた。リンゴの種はすべて、僕が蒔いていたのだ。

 作中、「僕」は何度かためらいを見せます。「僕」は、マリに見てもらいたかったもののことを「リンゴの種」と言っているのだと思います。蒔くものはリンゴの種でよかったのか、もっと別のもののほうが良かったのではないか…と。

「わたし、世界でいっとう、先生のこと好きなの」

 「異様に冷酷な」「僕」に、マリはこう告げます。「僕」が能動的に働きかけようとした対象は物語の中ではマリだけ。そのマリが「僕」にこのように告げることが、この上なく象徴的だと思いました。

最後に

 このレビューは、かなり内容を端折って書いています。「ダックスフントのお話」はそれそのもので面白いものですし、現実世界で「僕」やマリをはじめとした登場人物が織りなす人間模様は非常に緻密に組み立てられていて面白いです。そんな中で私は「僕」に強い好感を持ってこのような文章をしたためました。
お読みいただきありがとうございました。未読の方は、ぜひ読んでみてください。