読書記録:『サンセットよろしく』
今回は、同人誌『サンセットよろしく』(目元付近)を紹介します。
この本は、城戸さん(Twitter id: @sh_s_sh_ma)に言えば買えます。インターネットの面白い人が書いた小説が集められた同人誌です。
『サンセットよろしく』の通販を開始します。DMか、hogarakacity@gmail.com宛てに、住所・氏名・希望冊数をお願いします。支払先を返信しますので、振込が確認でき次第、発送させていただきます。
— 城戸 (@sh_s_sh_ma) 2019年11月25日
送料込みで800円です。めちゃくちゃ面白いので、是非よろしくお願いいたします。 pic.twitter.com/yE2iv4o4tz
目元付近は、2018年にも『ほがらかcity』という同人誌を出しています。『ほがらかcity』は300部以上売れたそうです(僕も買いました)。執筆者はみんな、ツイッターで時折おもしろいことを投稿している人たち(いっぱい投稿しているなかでおもしろいのが時折あるという意味ではなく、ほとんどの投稿がおもしろいがそんなに投稿の頻度は高くないという意味です)で、それ以上のことは僕は知りません。
ツイッターのおもしろい人というのは普通はスルーしちゃったり気にしないようなことについていろいろ考えたり、一見わけがわからない支離滅裂なことなのに全体としてみるとおもしろいフレーズを書いていたり、ちゃんとしてない自分のことをしっかりと言語化していておもしろかったりするわけですが、この本はそういう感じのおもしろさをまとめて小説にして、それぞれの小説をまとめてみましたよ、という感じです。前作の『ほがらかcity』もそんな感じでした。
「ゾンビ」(sudo)という作品、とても面白かったです。
大学のしょぼいサークルのしょぼい2人がいて、そのうちの一人がゾンビになりかけてるという状況設定で始まります。そのしょぼい2人が、福岡へ旅行に行って楽しむ、というのがメインストーリーなのですが、ただそれだけなのにおもしろい。このおもしろさの背骨は、「ゾンビなのに旅行にいくこと」なんですが、ちゃんと肋骨とか腰骨とか鎖骨とか、臓器とかもあって、ちゃんとした一匹のヤモリみたいになっています。
片方がゾンビ化しつつあるとはいえ、基本的にはしょぼい2人の大学生の旅行が描写されます。ゾンビ化しつつある増村がボケ、通常の人間である鈴木がツッコミという役割分担が自然になされておりそれ自体おもしろいのですが、ツッコミの鈴木が比較的しっかりしていても、2人全体でしょぼいのでメタでおもしろい2人に仕上がっています。
ストーリーのなかで、「ゾンビ化」の症状がいろいろ見えるのですが、その描き方が、よい。たとえば福岡に行く高速バスに乗り込むシーン。
...高速バスの下部に荷物を詰めながらこっそり聞く。
「意識とか、大丈夫なのか?本格的なゾンビになったら困るんだが」
「いやぁ、正直噛みたい!ってタイミングもあるけど、そんなにすぐには本格的なゾンビにはならないんじゃないかな」(p.73-74)
福岡の宿で。
ドライヤーを使うために脱衣所に入ると洗面台の横には増村(注:ゾンビの人)が使用したバスタオルが掛かっており、そこに細胞というのか、細かい何かが付着していたのが目に入り、(p.78)
このほかにとくに気に入っているのは、ゾンビの増村の発言に対する鈴木のツッコミです。
こいつゾンビなのに陸路って言ったな。
(中略)
こいつゾンビなのに前向きかつ具体的な提案をしてきて、ゾンビあるあるも添えてきたな。(p.72)
ところで、こういう一つ一つの構造もいいんですが、この小説で最もいいと思うのはやっぱりメインストーリーです。ウケねらいで書かれた(と思われる)部分も多い作品ですが、読後にはひとつの大きな友情が浮かび上がり、心にとどまります。「自分がゾンビになりつつあることを全く問題なく受け入れている増村」、「友人がゾンビになりつつあることを少しの留保はありながらも受け入れている鈴木」、そして「ゾンビになりつつある増村とその友人の鈴木が、ちゃんと計画を立てて2人で旅行に出かけること」。この3点をなんの違和感もなく受け入れられるように書かれています。でも、少し立ち止まって考えるとこんなすごいことはないんじゃないか、と思えるのです。だって、そもそも、自分がゾンビ化しつつあったらめちゃつらいじゃないですか。それに、友人がゾンビ化しつつあるのもかなりつらいじゃないですか、知らない人ならまだしも。さらに、ゾンビ化しつつある人と高速バス乗りたくないじゃないですか。
そしてこの物語の最後の1行。
これからもよろしくな。(p.83)
ゾンビになりつつある人間に、こんな言葉をかけられる人はそうそういないと思います。でも、このフレーズで終わるに足る納得感がそこにはあるのです。もちろん、上に挙げた3点は、登場人物が全員馬鹿だから、と言ってしまえばすんなり受け入れられるようなことだけど、僕はそれには、「だとしても!」と反論したい気持ちでいます。
sudoさんの作った話は、『ほがらかcity』に載っている「海は何もしてくれない」もかなり印象に残っています。
もうひとつ、「思考思考思考、行く」(城戸)という作品もよかったです。
この話は、若くしていろいろ嫌になってしまった女性キョウコが、孤独を志向して秘境を目指すというのがメインストーリーです。タイトルはふざけているし、登場人物はほとんど変な人です。正直話自体がいいかはよくわからないのですが、ところどころに埋め込まれたフレーズに力があります。
こういう事があるから動物なんか飼えない。友人は自分で誰かにあげたそうだけど、例えば逃げ出したり、病気になったり、死んだりすると耐えられない。耐えられないと思う。そもそも珈琲煙草の処理をしたくないし、いつか死ぬことを考えてしまうと無理だ。子供もほしくない。なくなることを考えると、あらゆるものが欲しくない。(p.52)
理由も目的もない純粋な悪意に、血がかゆくなる。東京に限ったことではないだろうに、東京、と感じながら、とある船を考える。私にとって東京の対極にある存在が船だ。(p.55)
私が笑っているのは機械だからではない。脳みそで考えて、笑うことを選択しているからなのだ。(p.58)
あと、作中に僕の大好きなパワーパフガールズが登場することも見逃せません。
全体として、インターネット人間(男)のノリが多分に含まれるので、Twitterの人たちって気持ち悪いよね、と思うような人にはおすすめできない同人誌です(「しこる」とか「勃起」とかをはじめとした品のない言葉がわりといっぱい出てくる)。しかし、それがあっても問題なかったり、ウケるじゃんと思える人であればおもしろく読めると思います。言及していない作品もおもしろかったです!
以上です。