この本を読みました。
この本は、こちらのブログで紹介されていて知った本です。
そろそろ無職も終わって仕事に戻るので、仕事の本でも読むかと思って読みました。この本の著者は「名古屋大学出版会」で編集部長を務めている方です。書籍編集者としてどういうつもりで仕事に臨んでいるのか、現実に起こっている問題の紹介や立ち向かい方についていろいろ書いてありました。
出版業界の人間としてあるまじき行為なのですが、この本は古本で入手しました(いま無職なので許されたい)。脱字のところに正式の校正記号で文字が入れてあったりしておもしろかったです。たぶん編集者が買って読んだんでしょう。
大学出版会で経験を積んだ著者の話なので、大学出版会の事情について具体的に書かれていて、異界を覗くようなおもしろさがありました(直接は参考にならないものの…)。ほかにも、商業出版社の編集者にも通ずる心の持ちようが書かれていて参考になりました。
今は僕は就活中で、いろんな商業出版社を受けているのですが、会社によって原稿に対する姿勢とか編集の進め方とか使うシステムが全然違うことに驚いています。でも、商業出版社と大学出版会だともっと見てるものが違うのが際立って理解できて、二重の驚きでした。自分はいかに狭いところにいたかを思い知りました。
個人的には勉強になりましたが、たぶん出版活動に興味がない人は読んでもおもしろくないとおもいます。
以下、備忘のためのメモを残します。
単なる情報の束としてのジャーナル・それに対置される学術書
...自然科学における学術コミュニケーションがすでに学術雑誌主体になっていたことが大きいですが、こうしたジャーナルを主とする(したがって電子ジャーナルを主とする)自然科学系の学問モデルの規範化が学術の世界全体で進み、それによって生じたのが、後述する、論文概念の無差別化・一般化と論文中心主義の全域化であり、書籍の軽視です。(p.15,序章 学術書とは何か)
序章では、学術書とはなんなのかということを論じています。いま、学術の世界では論文を出してナンボみたいな空気があります。とくに理系ではそうです。速報性だったり、査読があって内容が担保されていたり*1、電子化だったりと利点はかなり多いですが、この本のなかで「論文は情報にすぎない」というような指摘をしています。一方で学術書は、コンセプトにそって体系化された「知識」となっているとも言っています。
ここには強く納得するところです。というのも、一つの学術雑誌を1ページから最終ページまで読み通すなんてことはよほどのもの好きでないとしません(よね?)。一応その雑誌がカバーするテーマはありますが、毎号なにかコンセプトをもって特集を組んだりはされていないし、されていたとしてもそれを楽しみに読む読者は少なくとも僕の周りにはいませんでした。特に興味のある研究者の論文を読むだけか、あるいはタイトルが面白そうだったら読むか、とかそれくらいなものです。
論文は、生野菜を丸かじりしてるみたいな印象を僕は持っています。本だったらなんらかの料理になっているイメージ。
あとは、望ましい学術書は、その本が対象とする内容の専門家集団の二回り、三回り外にいる人を射程に入れて作られている、とも書かれていました。
編集の醍醐味
...私は、編集の仕事の醍醐味は、ほんとうは、本を書くことを依頼した際の、編集者の期待を軽々と超えてしまう、そんな原稿を初めて読んだとき、その衝撃で自分自身が変わってしまうような経験にすらあると思います。(p.28,第1章 編集とは何か)
自分がこれまで扱った本がほとんど翻訳書でしかも教科書だったということもあるのかもしれませんが、こんなこと経験したことがありませんでした(めちゃくちゃへたくそな翻訳文がきて、びっくりしたことはあります)。次の職場ではこういう経験がしたいもんです。
出版助成制度・学術書著者の印税
読んでいてびっくりしたのは、「大学出版会」の特殊性でした。どうも、本の出版にあたって「出版助成」という制度があって、特定の団体からいくらかお金が出るようなのです。もちろんその受給には審査があるのですが、たしかにそういうのがないと立ち行かないよなぁと思います。
本のなかに次のようなことが書いてありました。「2001年刊行の本で、本体3200円、初刷り1500部、現在900部」。15年くらいで900部くらいしか売れないでいる(この本は2016年刊行)のか、と思うと大丈夫かな、と感じました(余計なお世話か)。 でもちゃんと計算してみると、この本に関しては売上げが300万円くらいで、15年で割ると年20万円しか生み出してません。原価とかも考えるとどうなってしまうのだろうか…。ほかの箇所に年間30点ちょっと出版しているとあったので、過去の蓄積も含めてなんとかなってるんでしょうが。
さらに、著者の印税にも衝撃的なことが書いてありました。
大半の出版助成制度では、初刷の印税免除が規定として定められています。(p.123,第4章 助成とは何か)
つまり、最初に刷った部数の分は、著者にお金は入らないということです。本出すのにタダ働きなの!?と思いました。まぁ、少部数の専門出版社では、印税を払うとしても激安なことが多いんですが、それにしても無賃か…。
しかも!場合によっては制作費を著者の研究費から出す場合もあるそうです。出来上がった本を著者のほうで買い上げてくれるという話は聞いたことがありましたが、制作費を出すって仏様なのか?と思ってしまいました。出版したい人なんかそのうちいなくなるんじゃないだろうか。
他の覚えておきたいこと
…企画に限らず編集というのは、とにかく自分なりにしっかり読むことが基本ではないか(p.63,第2章 企画とは何か)
…出版においては、何でもかでも出すことが善ではなく、信頼できるいいものだけを出すことが善なのです。(p.86,第3章 審査とは何か)
…読むということは、聴き取れるようになることでもあります。(p.110,同上)
…「いい原稿」を待っているだけではダメで、編集者が自ら動いて「いい原稿」を獲得する努力をすることが何より重要(p.116,同上)
…編集者はじめ出版する側がおもしろいと思い、原稿をしっかり読んで出版するしかありません。
そうしていかないと、普遍性への感覚も「おもしろい」と感じる力もなくなってしまいます。それでは結果的に、読者が読んでも手ごたえのない本になるだけですから、各々事情があっても、ここは編集者ががんばる以外にありません。(p.165,付録 インタビュー)
肝に銘じておきたい言葉たちです。優秀な編集者はすべて心得て実行していることだとは思いますが、改めて…。
以上です。